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Essay
色彩、記憶と影/Color, Memory, and Silhouette
2024.6.29 sat
#Hyoweon Baek
色彩、記憶と影
ベック・ヒョワン『美しき影』がはじまりました。Vacant/Centreのギャラリーには、色彩に溢れた作品が並んでいます。
その彩りは、作者であるベックの目に映っている、世界の豊かさのあらわれでもあります。日々音楽や自然の音に耳を傾け、文章と物語に伴走し、様々な美しい場所を訪れ、植物や動物を愛でる。彼女の大きく開かれた好奇心によって蓄積された記憶が、腕や指先から溢れて絵が描かれている。けれどその筆先には、言い知れぬ恐れや迷いも含まれていることを自覚して、その出所を探るために、今回彼女は自らの深みへと冒険に出掛けた。
抽象と具象の狭間、言葉にならない言葉、感情を超えた驚き、感覚の入り江ー。そして彼女の深くにあった記憶が渦巻く場所で、世界の景色はバラバラに分解されていった。かたちは光と影に分かれて色になり、色がまた交差すればかたちになって、立ち別れれば余白に沈む。そうして散り散りになった景色は、どれも彼女の深い場所と結びついている。だからこそ今回ベックが描いた一見すると抽象的な色とかたちには、幻影/イメージの強度がある。
彼女が冒険から持ち帰った戦利品は、相変わらず記憶だった。けれどそれは愛や哀しみ、心地よさと痛みが切り分けられる以前の、世界丸ごとの記憶の欠片だった。無垢な美しさを湛えた、世界の影(シルエット)としての。
見えない川の流れ
生き物は周囲の世界を連続的な映像として見ている。つまり眼が捉えたイメージを、脳が1コマずつつなぎ合わせることで、世界を認識している。たとえ目の前が静けさに満ちた景色であっても、それは1コマ1コマが瞬間的に切り変わっている無数のイメージの集積なのだ。
ポストカードサイズの紙に描かれたベックの絵は 、彼女の脳裡をかすめていく、その無数のイメージのひとつを捉えたものだと言える。今回展示されている、他のより大きなサイズの作品に多くの瞬間的イメージが織り込まれているとすれば、このポストカードサイズの作品には、イメージの最小単位ー純然たる1コマの瞬間ーが描かれている。
この作品を眺めるときの心地よさは、川の流れに乗った笹舟を眺めているときのようだ。あなたのなかに在る無数のイメージの奔流にポツンと浮かび、たゆたう船を目で追いながら、ほんのひととき川の流れを体感する。普段は気付くことのない、その川の速さや大きさ、もしかすると水の透け具合いまで、この作品を通して感じることが出来るかもしれない。
