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「Pendant 1957-2018」連続対話シリーズ vol.5

東野翠れん × エドツワキ(アーティスト)× eri(OWNER)

かけがえのないひとつだけのピースを探して

鼎談の5回目は東野と学生時代からの付き合いがある、デザイナーやアーティストとしても活動するeriさんと、二人とは長年の付き合いになるアーティストのエドツワキ氏との鼎談をお送りします。つねに最前線を走る3人の出会いから、新たなことにチャレンジし続ける現在の思いを語り合うロングインタビュー。たっぷりとお楽しみください。

〜3人が出会った頃〜

ーーまずは翠れんさんからお二人との繋がりを教えてください。

 

翠れん:eriとは私のほうが一つ年下ですが、学校が一緒だったんです。でも学生時代に友達だったというよりも、卒業してからよく会うようになりました。

 

eri:そうだね。学年が違うということもあり、学校で遊ぶということはなかったよね。

 

エド:僕はふたりのひと回り以上、上です

 

ーーでは、3人は同世代という訳ではなかったんですね。

 

eri:でも大きくくくれば同世代ですよね。

 

ーー同じ時代に生きているという。

 

エド:多分2人は僕の葬式を仕切ってくれると思う(笑)

 

翠れん:エドと出会ったのはeriと出会ったのと同時期じゃなかったかな。

 

eri:多分あれじゃない?20歳くらいの時に、翠れんの家で会ったのが最初じゃない?

 

エド:僕は「立花ハジメとLow Powers」の最初のギグを観てるよ。

 

ーーそれってeriさんが14歳の時ですよね。衝撃的なデビュー。

 

エド:eriのパパとは自分が若造の頃からお付き合いがあったけど、娘のeriとはまだ出会ってなかった。2000年代に入ってから、当時僕がやっていた洋服屋の展示会に実和子(市川)がeriを連れてきたの。

 

エド:やっと会えたねという感じで。翠れんとは、ほぼ同時期に工藤ちゃん家で会ったんじゃなかったっけ?

 

eri:そうなんだ。

 

翠れん:中目黒でmitsoukoという美容院をやっている工藤さん。

 

eri:私も工藤さんに切ってもらっていました。

 

ーーこの鼎談の意味のひとつは3人の関係性をドキュメントするということもあります。20年後、30年後に改めて読んで3人の記憶が曖昧になって食い違うというのも面白いと思っています。

 

エド:クリスマスに翠れん家にお呼ばれして、3人で落書きしたのを覚えてる。

 

翠れん:うんうん。

エド:2人はまだ10代で、僕が30代だったんじゃない?

 

eri:ということはエドは今の私たちと同じ歳くらいだったんだ。

 

ーー90年代、ゼロ年代、カルチャーの中心にいた3人ですよね。集まってどんなことをしていたのか気になります。当時はカフェブーム全盛でしたが、いつもどこで遊んでいたんですか?

 

エド:カフェとかおしゃれな若者が集っているところにはあまり近づかなかったかな。お互いの家に集まってた気がする。

 

eri:私もカフェとかにはあまり行かなかった。それこそこのあいだゆうひくんと対談で話していたんだけど、当時は今より人の家で遊ぶことが多くなかった?HIROMIXの事務所とか。

 

翠れん:当時はeriも私も実家暮らしで、お互いの家を行ったりきたり。それとeriが岡野さんと「CHICO」というブランドを始めて、それをみにeriの家に行ったりもしていました。

 

エド:みんなで中目とか渋谷で卓球をやったね。

 

eri:私、今結構本気で卓球やっているよ。

 

エド:eriのブルマ姿見たいな。

 

eri:よし、今度着て対戦だ(笑)

写真=エドツワキ

 

ーー3人で会って何をやっていたんですか?

 

翠れん:何してたんだろう。

 

eri:そうだね。でも普段の延長で「縷々日記」という本をつくってたよね。

 

翠れん:そうそう。本もそうだし、私はeriと岡野さんのコレクションの写真を撮らせてもらったり。全部遊びの延長にありました。

 

ーーそれこそふたつ前の野村さんとエマちゃんの対談で、お二人より少し下の世代の女性たちが「縷々日記」の軽やかな感じに影響を受けたと言っていましたよね。

 

翠れん:意識して何かをしたというつもりもないから、そう言ってもらうと、自分のことじゃないみたいで一瞬驚くような感覚があります。

 

eri:編集者が優秀なんで。

 

〜写真がいつもみんなの真ん中にあった〜

ーー翠れんさんは当時から写真を撮っていたんですよね。

 

翠れん:はい。14歳くらいから写真を撮り始めたので、当時は学校にもカメラを持って行っていたし、その中にはeriも写っていました。eriは髪の毛がとっても長くて、それだけではなく、存在として目立っていました。

 

eri:翠れんも私も実和子も写真を撮る撮られる側が一緒にいたから、写真がいつも真ん中にあった感じがあるよね。

 

翠れん:今思えばだけど、目の前に座った誰でも堂々と写真に撮れる訳ではないというか、写真を撮るからには関係性があることが多く。eriも実和子さんもそうだけど、写真を撮っても撮られても、境界線がないというか、そういう意識をすることがない関係性で写真を撮っていたということが、今ではあまりないのかな。

 

eri:今は写真イコールSNSという感じもあって、撮った先があるじゃないですか?当時は純粋に自然な気持ちで撮るということを毎日やっていた気がします。作品にしようとか、かっこいいことをしているという意識もまったくなかったから、3人が同じ時間を共有して、ただ生きているというその状態がすごくいい具合だったと思うんだ。

それを大人が手を加えずに、ありのままに本にしてくれたのが、さっき言った優秀な編集者の存在があったからなんです。とかく大人ってなんかやりたがるじゃないですか?不純なものがまったくなくて、だから今もいいと言ってもらえるのかな、という気がしますね。

 

ーー自然発生的に作られたものだからこそ、それを見る人に憧れを喚起するというか。

 

eri:そうですね。古くならないんじゃないかな。

 

ーーエドさんはそれを見てどう感じていましたか?

 

エド:2人の継続力を尊敬しています。僕は飽きたら飽きたって言っちゃうので。

 

eri:エドの場合は手法が変わっているだけだからね。ツールが違うだけで。

 

エド:諸行無常だと思ってる。でもコアは変わらなくて、あっち行ったりこっち行ったり、川底の石ころみたいなものです。

 

ーー転がって転がって、時に角が取れていったり。

 

エド:苔むすところもあれば、ツルツルになるところもあって。色んな表情があるんじゃないですかね。

 

ーー当時3人で街に繰り出すということはあったんですか?

 

eri:あったんじゃない?

 

エド:繰り出すか?今から。でも繰り出すってどういうこと?(笑)

 

ーー今も当時も3人はキラキラしているから、そんな姿を街で見てみたいということです。

 

エド:横断歩道を手を繋いで歩いたり、走り抜けたり。

 

翠れん:ハハハ。

 

ーーその頃と今とでは会う頻度は変化しましたか?

 

eri:あの頃は、まあまあ会ってたよね。暇だったんだろうね。確実に今よりは暇だったからね。

 

エド;eriは今社長だからね。

 

翠れん:色々あってもその合間に会えたって感じがする。

 

エド:今は2〜3年があっと言う間だもん。10年ぶりなんてのも珍しくないし、会えば昔にすぐ戻れる。

 

翠れん:私も子どもが生まれてから、島があって海があったら、島の方に閉じこもっちゃったところがあって。それで人にも全然会わなくなっちゃったけど、そんな時でもeriもエドもなんかの機会に会えたり。そういう意味ではそんな時期にも二人には自然に会えた、という思いが私の中にはあります。それまでの生活と180度変わって、それを機会にまったく会わなくなった人もいるけど、それでも時々会える関係が私の中ではすごく嬉しくて。

 

ーーそういった意味では、あの頃も今も変わらずに東京にいる、ということも関係しているんですかね?

 

エド:僕から見るとふたりとも東京育ちの少女たちだと思う。

 

翠れん:いずれ広島に帰ろうという思いはある?

 

エド:昨日帰っていたけど、ちょっと切なくなる瞬間がある。

 

翠れん:それはどうして?

 

エド:自分の思春期を思い起こすと、楽しいこともあったけど息苦しいことも多かったから。

 

eri:それを思い出すの?

 

エド:思い出すんじゃないかな。学校に行きたくなくて朝からお腹こわして、母親が「今日は休ませます」って学校に電話をした途端に、ケロッと治ったり(笑)

 

翠れん:きっと今もそういうエドがいるんだ。

 

エド:いるいる。団体行動が合わないのは昔から。でも不良ともガリ勉やオタクとも、それぞれ違った分野でシェアしてたことがあったから、分け隔てなくつきあってた。どこのヒエラルキーにも属していないという意識は当時からあったかもしれない。

 

eri:エドツワキのニュートラル感すごいもんね。年齢、職種も本当に関係ないもんね。

 

エド:思春期の頃も男子も女子も関係なかった。

 

eri:なるほどね、だからこの感じなんだね。

 

エド:八方美人ではなかったけど、そういう気質がよくも悪くも自分だという自覚があった。

 

eri:それいいことだよ。

写真=エドツワキ

〜光という変わらないものを追いかけ続けて〜

ーーeriさんと翠れんさんにとっての学生時代はどうでしたか?

 

翠れん:eriの存在感は特別でした。もうなんと言っていいか。eriがバンドをやっていたことは当時は知らなくて。身につけているもの、持っているもの、振る舞いからすべて気になっちゃう存在でしたね。自由な学校ではあったけど、そういう人が同じ学校にいるという珍しさはあったと思う。

 

eri:当時は「X-girl」や「ポーター」が流行っていたけど、今よりも更にユニホームっぽい感じが強かった気がする。私は古着屋の娘だったから、着ているものも全然違っていただろうし、私自身も鉄の球を振り回していたり、どけどけ〜って、食堂の机の上を走り回っているようなものすごい暴れん坊だったし。

 

翠れん:本当にエクストリーム。

 

eri:校長と仲良かったしね。

 

ーーその感じは今も変わらずですか?

 

エド:みんなeriのことを肩で風切って歩いているように思っているかもしれないけど、実はものすごくシャイという面があることを知ってる。翠れんの方が一見はにかみ屋さんに見えて、実は安定したフレンドリーさがある。eriは鎧を纏っていたりするんですよ。

 

eri:鎧が重いのよ。

 

ーーまだ背負っているんですね。

 

eri:まだ持っている。

 

翠れん:センシティブだよね。

 

エド:繊細だよね。センシティブハート。でも3人ともそうですよ。作っているものを注意深く見れば分かるかもしれないけど、細部まで手を抜かない。

 

eri:見に見えないものの方が大事だと思っている、というのが3人の共通点。服でも写真でも絵でも、可視化できるものを作っているけれど、その裏にある目に見えないものとか、実際に手には取れないものを見てみたいと思って作っているというところが似ていると思う。

 

ーーその批評は鋭いですね。確かに作品を見ると翠れんさんも目に見えないものを追いかけているように感じます。

 

翠れん:写真は目の前のものを撮っているんだけど、本当に撮りたいのは目に見えているものというよりも、見えないものも含めた全体の空気という部分はあります。それは光にしてもそうです。

 

eri:エドの作品もだんだんその感じが強くなっているよね。

 

エド:やり始めたときはタッチや個性を夢見るんです。続けてるといつの間にかそれを獲得していて、それを見た人たちから依頼を受けるわけだけど、長年続くとある時期から自己模倣に陥ってしまうんだよね。

でもそうしてエスタブリッシュしたものが幹として育った上で、初めて違う遊びがやってこれたんだと思う。こうして死ぬまで懲りずにあっち行ったり、こっち行ったりするんだろうね。

 

eri:それでいいと思うなあ。

 

ーーエドさんの個展も翠れんさんの個展スタートと同日の9月15日からスタートするんですよね?

 

エド:『Palm maison』が青山にブティックとギャラリーをオープンするんだけど、ギャラリーの杮落しでご指名を受けたので、未発表の女性の肖像画を飾ります。それを記念してモトーラ世理奈ちゃんとコラボしたTシャツも作りました。

 

 

翠れん:今回のVACANTでの写真展は毎日がいっぱいいっぱいで目の前のことしか出来なかった時に、岡野さんが写真展やろうと言い続けてくれていてやっと実現したものになります。私はフィルムで写真を撮っているから時系列もなくて撮ったままにしているものを、半年に一度岡野さんがFOR flowers of romanceのコレクションのDMに使うために、自分でも憶えていないような写真までじっくり見て選んでくれます。その岡野さんの姿を見て、もしこのまま写真を撮り続けるつもりなら、ここで一度自分が撮った写真くらい自分で見てみようと思いました。

それで岡野さんに一人でやる自信はないけど、もしチームみたいな形で出来るのならやりたいと言って、そこから動き始めて、VACANTの祐介さんに相談したというのが今回の流れなんです。だから、岡野さんがいなければ、自分の写真を見返すのはもっと後になっていたと思う。展示に関しては子どもが生まれてからの6年間に写真のセレクトを絞りました。時間を分けたことで、光というずっと変わらないものを追いながら、時間が交差する場所にいま立っているという自分にとっての新しい発見がありました。それも目に見えるけど見えないものというか。

 

ーーこの鼎談のたびにゲストの方に自作についてプレゼンしてもらうのですが、5回目にしてものすごく明確になってきましたね。

 

翠れん:ちょっとは成長したのかな。

〜ふむふむがもたらす、気づきとひらめき〜

ーーそういった意味では翠れんさんは子どもが生まれて時間が可視化された部分があるのですが、eriさんとエドさんにとって時間軸みたいなものはいかがですか?

 

eri:可視化されないね、ウチらは。おかしいね(笑)

 

ーー今回、翠れんさんが時間軸を区切って作品展をやろうと思ったのは昔から翠れんさんを知るお二人にとって意外性はありましたか?

 

eri:それないですね。

 

エド:バッチリという感じですね。

 

翠れん:おじいちゃんの持ち物の中から写真の束と「motherhood」と書かれたメモが見つかって、それが今の自分とすごく重なりました。これまでもおじいちゃんが撮った写真は見ていたんだけど、今回みたいにまとまって写真をみたのは初めてでした。それを見て時間って並んでいるというよりも浮遊していて、いつでも戻っていけると思いました。それをひとつにしてみたいというのもあります。

 

eri:そう考えると写真って不思議だよね。

 

エド:昔撮ったポラを持ってきたんだけど、この頃の翠れんは親父さんに似ていると思っていたけど、年々ロナに似てきたよね。DNAっておもしろいね。

 

ーーこのポラロイドはいつ撮ったものなのですか?

 

エド:15年くらい前かな。

 

eri:この頃は死ぬほどポラ撮ったよね。最近「縷々日記」を編集して下さった編集者の方と本をつくっていて、全部手書きで、これまで撮った写真を場所も時間も関係なく並べたいなと思っています。

時間に関しては縦軸も横軸もあるようでないような感覚を私も感じています。私は写真を生業にはしていないけど、自分が作るものの中でいつも写真の立ち位置が高いんだけど、さっき翠れんも言っていたけど、そういうことなのかなと。海外にもよく行っているんだけど、写真を撮るために行っているようなものだからね。

エド:eriは写真も素晴らしい。いつかeriと翠れんの2人の写真展とかしたらいいじゃん。

 

翠れん:楽しそう。高校の時にeriの写真の展示やったよね。私は今もその写真の内容まで憶えているよ。地面や葉っぱとか身近なものが写っていて。その時からeriの中で写真がとても大きな位置を占めているんだということが分かる写真だった。

 

eri:小学生の時には友達があまりいなかったから、学校から帰ったら庭とかでセットを組んで写真を撮ってた。現像出しにいってそれを見てふむふむと言っていたんだけど、やることは今と全然変わらないんですよ。

 

翠れん:今のふむふむっていう感じは常にeriからは感じる。

 

eri:確かに、何をつくってもふむふむしているよね。

 

翠れん:15年くらい前、eriたちと一緒に何かをやっていたときは、ふむふむの世界に入っていける楽しさの中にいた気がする。

 

eri:ふむふむ大事だよね。

 

翠れん:子どもが生まれて、公園で一度しか会わないお母さん同士でお話ししたりすることが増えて、そのふむふむの世界の中に入るのがいかに難しいかということを感じます。だからこそ、2人と一緒に過ごしていた頃のような時間は、とても大事な時期だったなとあらためて思う。

 

eri:ふむふむってフェティッシュだからね。自分のフェティシズムを満たすために、プロセスを踏んで最終的に出来上がったものにふむふむするのは、根源的に自分がどうしたいかとか、どういうものに興味があって興奮するかそういうことに向き合っていないとそのプロセスも踏めないし、ふむふむと言えないんだと思う。誰でもものを作ることは出来るんだけど、それでも根っこに「絶対やってやる」とか「これが好き」というものがあることが、最終的に出来上がるものの熱量に反映されると思う。

最近本当にそう思っていて、アートでも食でも、工業製品でも私にとってひっかかるのは、作る人がふむふむしているかどうか。おのれのフェティシズムを満たすために努力しているかどうか。他人は結果しかみられないから。

 

翠れん:そうだね。

 

eri:それは絶対伝わってくるものだから。それは人でもそう。その場に合わせたようなことを言う人って多いんだけど、話していても面白くないというか、そういうのはすぐ分かる。

 

エド:「ふむふむ」は今日の鼎談のキーワードだね。ふむふむという言葉ってピンとくるね。僕はパズルを組み立ててきて、最後のひとつのピースがカチってはまった瞬間みたいなイメージがあります。試行錯誤しながら練りこんでたら、最後の一個がハマる瞬間が突然来る。そこに入ったら自分ですらもう手を加えられない。「この子」に命が宿っちゃったから。

 

eri:それ分かる。これで終わり〜ってね。でもハマるまでが大変。

 

エド:よく似たピースがいっぱい転がってるから。でも、同じものはないないからね。

 

eri:でも最近お店作ったんだけど、その時は大変だったなあ。最後のピースがハマるまでが長かった。そういった意味では今回信念を百回くらい曲げた気がする。(笑)

 

翠れん:そうだったんだ。

 

エド:はたで見ていたらすごいスピード感だったけど。

 

eri:自分でコンセプトを立てても辻褄が合わなくなってコンセプトを立て直しての繰り返し。

 

エド:でも、そのフレキシビリティがすごく大事でしょ。固執してたら次にいけないから。

 

eri:それを長く続けるのはキツかった。

 

エド:それは妥協ではないもんな。前向きな方向転換。

 

eri:でも絵を描いていてもそうだけど、一回白に塗り直すのって難しいじゃん。

 

エド:キャンバスに下地を塗って、これ以上汚したくないと思う時があるよ。

 

eri:それ分かる!

 

エド;白いキャンバスが一番美しいと思っているから、そこに筆を入れるときに葛藤がある。これ以上余計なものをこの世の中に出現させなくていいんじゃないかというジレンマ。

 

翠れん:なんか面白い。

 

エド:でも、それが生業になったので矛盾を感じながらもね。

 

ーー信念を曲げられずに何かに固執していると、自分の予想以上のことに出合った時に、本当はそれがいいはずだと自分でも分かっているはずなのにそれを受け入れられなくて、違う方向にいってしまったり、それって残念なことですよね。

 

エド:自分の中には完璧主義者と、偶然性を楽しむひとの両方がいる。

〜想像を超えたエラーの先にあるクリエーション〜

eri:2人と出会った頃に刺繍にハマっていたんだけど、どうみても意識して作った表より、裏の方が全然太刀打ち出来ないくらい可愛い時があるんだ。意図しないある意味それも自分がやっていることだけど、無意識下にあるものの方が、時としてパワフルだったり、そっちの方に意味があるってその時思って。それはものすごく悔しいことでもあるんだけど、自分がやったことには変わりはないから、ある意味自信にもなった。そういうゆらぎみたいなものも受け入れられるようになったのは、その時のことが大きかったかな。

 

ーー現代ではその偶然性が生まれにくいというか、残りにくい時代でもありますよね。写真でも絵でも言葉でもデジタルであることが多いから、一度失敗したと思ったらすぐに削除できてしまう。でもフィルム写真でも紙に描いた文字でも絵画でも、すぐには消去できないから、必然的にその履歴が残る。

 

eri:半目の写真とか撮れたりするもんね。

 

ーーその偶然性に愛おしさを感じる時があります。でも今の時代はダメなものはダメなもので、これ失敗!みたいな。かつてはそれがもっと残り得たということはありのかな。

 

eri:今の時代にも偶然性はあるんだと思うけど、そこに価値を付けづらくはなっていますよね。

 

翠れん:写真を撮り始めた時、露出を間違ったり、光が入ってしまったり、最初は失敗した写真にすごく惹かれて、写真を撮るときにそれを膨らませていったところがあります。きれいに撮れた写真よりも、失敗した写真に、この写真は自分が撮ったもの、と感じられました。

 

エド:今はそのエラーも演出できるからね。でもあざとさを感じるよね。本物のエラーというか、僕も自分の想像を越えたエラーを取り込めて、面白いものが出来たらと思っていたときがあった。

 

eri:私は古着の仕事をしているけど、古着もそれに近いかも。ある意味今の価値観では新品ではない、個体差があるという意味においてはエラーだからね。

 

エド:ひとつとして同じものってないもんな。

 

eri:だからこそ今の時代において面白いんだと私は思う。今はネットでポチっとしたら、世界中の人たちが同じものを買える時代だけど、古着はそうじゃない。そういうシェア出来ない感というか、だからこそ面白かったり価値がでたりするし。時代と逆行しているんだけど、ちゃんとファッションにもコミットしている。例えば'70年代の服と90年代の服を組み合わせて2018年の今に立っているという感覚が写真と違った意味であちこちいくというか。時間をミックスできる不思議な生きものなんですよ古着って。

 

翠れん:人が着なくなったものが、居場所を見つけて、また新たな価値を持つんだもんね。

 

eri:服でもなんでもむやみに製品を生産するということが、どんどんこの時代において古くなってきているなという感覚がある。こんなにいろんなものが溢れている時代において、本当にそれ作る意味ってあるのかなって、そこに立ち返ることが多い。5年くらい前に今まで続けてきたコレクションベースの量産をやめたのもそれが理由。本当に好きで欲しいなと思ったタイミングと気持ちのいい数だけ作りたいなって。

その人のフェティッシュを持って作られたものであれば、20年後、30年後にも思わせる力があると思うんだけど、それを思わせてくれないものが増えたなあと買い付けの中で目の当たりにする。何十年も前の服を扱う中で、特に昨今のファストファッションの服はこれから長く生きる様をしていないというか…。古いからいいと言っている訳ではなく、例えばヴィクトリア時代の服もゼロ年代の服も同等に扱いたいと思っているんだけど、たった数年前に作られたはずなのにそこに輝きがない。でも今は過渡期でこれからもっと作り手の意識は変わっていくんじゃないかなって思ってるけど。

 

ーー古着に意味を感じるのは、それを探してきたeriさんのアティチュードもそうだけど、そこにひとつひとつの居場所があって、さっきのエドさんの話ではないですけど、カチッとひとつの場所にハマっているからのような気がします。

翠れん:今日エドが着ているシャツもさっき見てきれいだなと思ったら、お父さんが着ていたものと聞きました。

 

エド:父のシャツです。

ーーエドさんのシャツもそうですけど、きちんとそれがあるべき場所に収まっている感じがあると気持ちがいいというか。そういった意味では翠れんさんは今まさに作品集と展示準備の大詰めで、最後のピースはハマりそうですか?

 

翠れん:これから見えてくるのかな…。それこそ、今回鼎談でみなさんとお話しをさせていただきながら、自分では見えていなかったいろんなピースが動く瞬間があったし、あとはプリントが上がってきて展示を始めてみないと見えてこない部分もある気がしています。それこそ小さなふむふむを楽しんでいるけど、それがどこにハマるかは現時点では手探りの状態です。今は上がってきたプリントを見ながらニヤニヤしていたら、笑われたり。でも、目の前の、そうした小さいピースを順番に集めていかないと、全体もみえてこないような気がしています。

 

エド;自分が喜べないとダメだよね。

 

eri:逆にそれでしかないしね。自分が楽しめなきゃね。

エド:最後にちょっと言っとかなくちゃと思ったから言うけど、2人は僕にとっていろんなインスピレーションをくれるありがたい存在です。

 

eri:そうかい、ありがと。私にとってエドはこういうふうに生きていていいんだなと思わせてくれた大人の一人。そういう大人たちが周りにいるというのは幸せなことと思う。だって、自分より年上の人たちがつまらなそうに生きていたら、自分の将来をどう描いていいか分からないじゃない?エドや周りの大人たちがこんなふうに仕事をして遊んで生きていくことが正しいと思わせてくれたし、学校で学んだことや本で読んだこととはまったく違うものを教えてくれた。私にとってはそれが一番大きいかな。

高校を卒業して、周りがキャンパスライフを謳歌している中私は社会に出て、目が回るほど忙しい中で歳が近い人たちとの時間の感覚や悩みの種類がずれてきて孤独感を感じた時もあったけど、周りの大人たちをみて、自分がやっていることは間違っていないと思えたし、それはすごく有難かったですね。今私がこの歳になって、下のコたちからこれでいいんだと思ってもらえるようにちゃんとしていなきゃと思っているところです。

 

翠れん:すごいなあ。私は子どもが生まれてちゃんとしなきゃと思ったけど、全然ちゃんと出来てない!

 

エド:でも翠れんと子どもの関係性はとても素敵だなと思って見てるよ。あまり母と娘と思えなくて。

 

翠れん:母と娘というよりも仲間という感じですね。

 

eri:子どもは大人の姿を見て育つからね。そのためにも自分のやりたいことをきちんと突き詰めていくのが大切なんじゃないかな。

文と写真=加藤孝司

エドツワキ/Ed TSUWAKI

1966年広島に生まれ、1988年より東京を拠点に活動を始める。国内外のモード誌、ブランド、企業広告等で長年に渡り起用されている、女性を描いたモードイラストレーションは日本の美人画の系譜とも評される。その傍らで自身のウエアブランド 『nakEd bunch』(2001-2010)のデザインを手掛けるなど活動の場を広げ、近年『DESSERT HOUSE』『CoCo』『QUAKENESS』『Panspermia』陶芸作品展『Salt Honey』など様々なメディアの個展を開催。2018年9月16日から10月14日まで青山のGALLERY Palm maison で『The Dreaming』を開催。www.edtsuwaki.com 

エリ/eri

1983年NY生まれ、東京育ち。1997年“立花ハジメとLow Powers”(FOR LIFE RECORDS)のボーカルとして活動。学生時代からビンテージワンオフブランド
“CHICO”を手がけ、2004年ファッションブランド“mother”を設立する。2012年よりジュエリーブランド“VTOPIA”をスタート。2015年に自身の父が1980年にアメリカで起業し日本のヴィンテージショップの先駆けであった「DEPT」を再スタートさせる。現在原宿と中目黒に店舗を構える。2016年新たにテーブルウェアブランド "TOWA CERAMICS" をスタートさせた。

​©️2018 VACANT / Suilen Higashino