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「Pendant 1957-2018」連続対話シリーズ vol.3

東野翠れん×前田エマ(アーティスト)×野村由芽(編集者)

ありふれたものの中にもある希望を導くもの。

連続鼎談三回目は、女性ならではの視点でつくるライフ&カルチャーコミュニティ「She is」の編集長を務める野村由芽さんと、モデル、アーティストなどマルチな活動を展開する前田エマさんをお迎えしてお送りします。それぞれが一人の存在として人生にいかに向き合っているのか。興味深いお話が展開されます。9月15日から始まる写真展会期中には、野村由芽さんが聞き手を務める東野翠れんのトークも予定されています。こちらもどうぞご期待ください。

〜「折り合わなさ」とどう向き合うか。〜

東野翠れん:今回の展示は2015年にイスラエル人のおじいちゃんのアルバムから、Motherhoodと書かれた紙を見つけたことから始まっています。それは今の自分とも、いろんな人のマザーフッドにも繋がる、時間を越えて繰り返されてきた女性たちの営みだと思うんです。でもこれがおじいちゃんの持ち物から見つかったというところが不思議でした。一方でこれを見て父であることってあまり語られてこなかったのかなと感じました。

 

野村由芽:おじいさんの直筆で書かれていたということですか?

 

翠れん:そうです。私自身写真を撮るときに同じ場所を撮ることがよくあるのですが、おじいちゃんも同じようなことをしていたんですね。時代も場所も違うのに同じことをしているんです。それとこれまで何度もおじいちゃんのアルバムを見ていたのに、この時はそれまでとは全然違う感じ方がありました。自分の人生と重なるというか、私自身年齢を重ねてきて、これまで古い写真を見ているという感覚しかなかったのですが、この時は時間軸が違うだけで同じことをしていると感じました。

野村:10代の頃から翠れんさんの写真を拝見していました。エマさんも写真を撮りますよね。お二人が写真を撮ろうと思ったきっけを教えてください。

 

翠れん:写真を撮り始めたのは14歳くらいの時です。実家には両親の友人がたくさん来ました。写真をやっている人も来ていて、私が写真の話に興味をもっているのに気づいて、骨董商をしている父が中古のカメラを買ってきてくれたのがきっかけでした。エマさんはどうですか?

 

前田エマ:始めたのは高校生の時です。私は高校が自分に全然合わなくて、制服を着るだけで吐き気がするほどでした。今思えばだからこそ学校以外の居場所を見つけようとして、今の仲間やものをつくるということに出会えました。

その頃は家の中でずっと悶々としていたのですが、それではあまりに生産性がない、生きている意味がないと思っていたときに、とりあえず外に出ようと思いなんとなくインスタントカメラを持って外に出てみました。写真を撮ることでちょっとした路地の隙間に射す光、木が揺れて木漏れ日が動くといったありふれたものを追いかける面白さを発見しました。

翠れん:私もエマさんと同じで写真を撮り始めて、ありふれたものやいつも見慣れていた世界が光をとおして急に立体的になった感覚がありました。それで夢中で写真を撮っていました。そしてこれは写真の特徴でもあるのかもしれませんが、家族や身近なものを撮ることから始めました。エマさんにとって家は心地が良いものだったのですか?

 

エマ:はい。私は生まれてからずっと同じ家に住んでいます。実家です。今年の春に個展を開いたのですが、その時は部屋の窓から見える景色を作品のモチーフにしました。

ーー写真を撮ることで発見があったというのは興味深いお話ですね。野村さんは同じような体験はありますか?

 

野村:私の場合、それは言葉や文章を書くことでした。もし言葉と写真に近い部分があるとすれば、「ものの見方」を形作るところなのではないかと思っています。私もエマさんと似た経験をしていて、中学1年生の頃に、このままでは息ができないな、生き延びることができないな、という日々が続いていた時期がありました。でもそんなときに言葉を紡ぐことで、ここではない別の世界やものの見方が創造されていく発見があって、もしかしたら世界はもっと面白く見ることができるのかも、と気づいたんです。

ーー逆に写真と言葉との違いはありますか?

 

野村:言葉が写真と違うのは、まったくそこに存在しない架空のものでも立ち上がらせることができることではないでしょうか。

私自身がやっていたのは、その頃感じていた「折り合わなさ」を言葉によってもうひとつの現実として立ち上がらせるということでした。翠れんさんの「ルミエール」の中にも、「折り合わなさ」にまつわる章がありましたよね。当時は言語化できていなかったけれど改めて読み直してみて、「折り合わなさ」のような違和感にもきちんと触れられているところに共感を感じていたのだなと思いました。

 

ーーそれはどのような感覚ですか?

 

野村:切なさや苦しさからは簡単には逃れられないけれども、それでも世界の光り輝いている部分も信じたいという、その両方の感覚が表現されていたように思います。それはエマさんの表現にも感じていて、生きる上での折り合わなさに向き合い、「私は世界をこう見たいのだ」という抵抗や問いが作品制作の前にある感じがします。

 

翠れん:野村さんが文章を書き始めた理由はあったのですか?

 

野村:もともと本が好きでした。もちろん物語にも興味はありますが、さらに言葉フェチなんだと思います。例えば今ここにあるもので言うと、そうですね……「ステンドグラスとキュウリ」とか、そんな言葉の偶然の組み合わせだけでもドキドキしますよ(笑)。

 

ーーそれはロートレアモンの「解剖台の上のミシンと蝙蝠傘の偶然の出合いのように美しい」に近いお話ですね。

 

野村:言葉と言葉がぶつかりあう、俳句の世界ではそれを取り合わせや二物衝撃と呼ぶようですが、そこで立ち上る景色に驚かされるのがすごく好きなんです。それもある種の新しいものの見方なんですよね。

 

エマ:音楽の歌詞も面白いですよね。

 

野村:そうですね。子どもの頃から、身の回りの言葉に対して、一人でツッコミを入れて遊んでました。地元に「とんかつ、ステーキ、しゃぶしゃぶ、喜楽」という看板があったのですが、今考えると別になんてことないのになぜかその言葉が異様に好きで、通りかかるたびに唱えることを自分に課していました……(笑)。そんなことを繰り返すうちにどうやら自分は言葉が好きっぽいぞと。これは穂村弘さんの言葉だったと思うのですが、「世界はひとつではなくて、人の数だけ世界像がある」といったことを聞いたときに、腑に落ちて。たとえ現実は変わらなくても、ものの見方を変えることができれば、その人の世界は変わり得るということに私は興味があります。

〜「今という刹那に別れを告げながら人は大きな別れの予行演習をしている」〜

翠れん:真夜中という文芸誌に「イスラエルに揺れる ペーラッフ」という連載をしていたときに感じたのは、写真は抽象的なままでも成立するけど、文章はもう少し具体的に書かないと、ということでした。それで家にこもって集中して書いていたのですが、子どもが生まれてから、言葉を失うではありませんが、まったく書けなくなったんです。

言葉が通じない赤ちゃんと毎日接していたら、私まで言葉がなくなってしまって。目と目で向き合いながら、「何を考えているんだろう、なんで泣いているんだろう」という、言葉で何も解決できないところにきたときに、いまは言葉だけではない、ぬくもりや、気配や、直感など、そうしたものを通して会話するしかない、と思いました。

 

エマ:私もそれと近いことを考えていました。私は結婚にはまったく興味がないのですが、お母さんになりたいという気持ちが小さい頃からとても強くて。明日、目が覚めたらお母さんになっていたらいいのにと、毎日のように思っています。

 

翠れん:それは面白いですね。

 

エマ:文章を書くことは自分の中に深く潜っていくような感覚があります。私にとっては写真や絵を描くよりも、文章を書くことが「いま私は生きているんだ」といちばん強く実感できることです。私は今、どこに発表するともなく小説を書いているのですが全然書き終わりません。でも「これは子どもを身ごもったら書けなくなるだろう」という感覚が常につきまとっています。子どもを身ごもったら「生きている」と実感できることが書くこと以外にも存在してしまうような気がして、それは書くことよりも愛おしくて大切なものになるかもしれないと思うのです。そうすると私は自分に甘いので、「書かなくてもいいや」と思うようになるだろうし、書きたかったものを「最初からなかったこと」にしてしまうのではないかとう思うのです。だから、いま翠れんさんのお話をうかがって、言葉が自分の中にあるうちに、やっぱり「書かなくては!」と思いました(笑)

 

翠れん:でもそれを感じられる感覚ってすごいですね。子どもの頃は結婚も子どもも産まないと思っていたので、子どもができるまではそんなことを考えたこともありませんでした。でも気づいたら結婚もし、子どもも生んでいました。エマさんみたいに計画的にできたら全然違うんでしょうね。

 

エマ:いやいや。全然計画的じゃないですよ!子供を産めない可能性だって十分にあるし、未来のことは分からない。考え方が変わっていくことも恐れていません。

 

野村:考えていることが日々変化したり、この感情が消えてしまうかもしれない可能性って、渦中にいるときにはなかなか気づけないものですが、エマさんにはその予感があるんですね。

昨年立ち上げた「She is」という場所では、毎月テーマを設けていて、8月は「刹那」を特集しています。一瞬ごとに去っていく時間を生きるということは、小さな別れを繰り返していることだとも言えるなと思ったし、大切な誰かと別れたり、人生に別れたりすることの予行演習を今しているのかなあとか。

特集のテーマを「刹那」にしたこともあり、今年の夏は目の前で起きていることや、過ぎていく日々をすごく意識して過ごしています。そうすると私が感じている感覚って本当に今しかないと改めて思うようになりました。そしてその感情というのは自分だけで完結するのではなく、まわりの人との関係性や時代の流れ、歴史の積み重ねが交差したところに生まれた感情なんだなと。

 

翠れん:それは間違いなくそうですね。

 

野村:エマさんの先程の話にも言えると思うのですが、だから今書きたいと思ったら書いたほうがいいなと感じています。時間を止めることはできないけど、自分でピンを打つことはできる。

〜「写真は過去のものだけど同時に少し先の未来のものでもある」〜

翠れん:私は子どもが生まれたことで、時間というものを立体的に感じられるようになりました。決定的瞬間ではないんだけど、この時、今という感覚が以前より立体的になりました。

 

野村:「写真は過去のものだけど同時に少し先の未来のものでもある、それがあらゆる未来と接続することがある」と翠れんさんは本の中で書かれていて、それがすごく印象的でした。そう書いたのはなぜですか?

 

翠れん:私はイスラエルで生まれそこで育った母と、日本で生まれ育った父という、文化も見てきたものも、物事の捉え方も両極端な両親から生まれました。母の生まれ故郷であるイスラエルに行くと、そこはものすごく美しい場所でもあるのだけれど、一方で戦争をしているという現実もありました。写真にはジャーナリスティックな側面もありますが、私が撮るのはそこにある日常や光、光の中にみえるオリーブの樹や、木漏れ日といった、地球上のどこにでもあるかもしれないありふれたものです。

ありふれたものという意味では、誰の役にも立たないものになぜ私は惹かれるんだろうと考えます。私が撮りたいのは過去にこういうことがあったという説明的な写真ではなくて、少し先の未来に自分が見たいもの、例えば穏やかな光やイスラエルであれば平和というものを写真に撮っている感覚があります。ほんのわずかでもどんな場所にもそういった瞬間があると信じているんです。

ーーそれはとても強い気持ちですね。傷ついた状況は現実的にはあるかもしれないけど、いつの時代、どんな場所でも変わらない穏やかな光や樹々を、写真で写し出すことが未来にも過去にも繋がっていると。

 

翠れん:少しでもそのような世界が広がっていけば、現実の景色は変わってくるのかなと思っています。エマさんの作品について少し教えてもらえますか。

 

エマ:大学の卒業制作の「SELF AND OTHERS」という作品は、20歳の誕生日プレゼントとして母からもらった箱の中身をモチーフにして制作しました。その箱の中には、私のへその緒、お腹の中にいた頃のエコー写真、母子手帳、そして母と看護婦さんの交換日記が入っていました。それを読んだときに、私は予定日よりも3ヶ月も早く産まれたことを初めて知りました。それを知ったときに、私が実際に生きてきた20年間と、もうひとつ別の20年間があるような気がしました。私とは違う私が同時に生きてきて、20歳になったときに、お互いのことを知ったような気がして、その時の違和感と感動を作品にしました。

 

翠れん:面白い出会いですね。

エマ:ここ5年くらい、ほそぼそとテーマにしているのは窓です。私は子どもの頃から川の目の前に住んでいて、窓からは河原の土手がよく見えます。そこには朝になると散歩をする人やグラウンドで野球をする人、夕方になるとピンクとアプリコットを混ぜたような色に染まる川面が見えたり、家の中にいても移り変わるそんな景色を見て育ちました。

窓と写真や絵画って近いところがある気がします。世界の一部分を切り取るような表現方法ですよね。あるとき知り合いから「Mirrors and Windows」という70年代にNYのMOMAでやった展覧会に関する写真集を見せてもらったことがありました。「窓は外の世界を映し出すから社会」、「鏡は自分の姿を映すから内面」というような意味の写真展みたいなのですが、「私たちの生きる世界って外も内もどれも社会と繫がっているし、個の世界でもあるし、互いに繋がっていてその二つを単純には分けることはできない」と言う人もいたそうです。その話を知ってから、窓と自分との関係を気にするようになりました。

 

翠れん:エマさんにとって外が社会、中が内面と分けることが出来ますか?

 

エマ:家の中にいると守られている感覚や、自分の中に潜っているような感覚がありますが、旅に出たり外に出ないと自分のことは見えてこないと思っているので、どちらも大切です。

 

翠れん:エマさんの話を聞いてちょっと前に読んだ記事を思い出しました。そこには女性は子どもが生まれると家を社会の場にする、そこを外と内を分けずに社会の場にしないと、それこそ内にこもって外との接点をなくせてしまうというようなことが書かれていて、なるほどと思いました。

 

野村:内と外の話、面白いですね。この世界が存在したり、そもそも自分がいるというのも、他の誰かが考えたり行動をしたからですよね。先程翠れんさんがイスラエルの光の話をされていましたが、自分はそこにはいなくとも、もしかしたらその風景に自分が関わっているかもしれないと想像することが大切なんじゃないかなと。もちろん、生きることに意味など見出さなくてもいいのかもしれませんが、もし寂しくなったり虚しくなったりしてしまうことがあるなら、一人ひとりが世界の何かに繋がっていると儚く信じることが、消えてしまうものたちが生きるひとつの意味なのかなと思ったりしています。

〜「一人ひとりは違ってもいい。」そう思えることの大切さ。〜

 

ーー野村さんがShe isを立ち上げた背景や問題意識を教えてください。

 

野村:「She is」を立ち上げたいと思ったのは、個人の考えや一人ひとりの選択を肯定するような、大人の拠り所を作りたかったのがきっかけです。人は大人になるにつれて、社会的な「役割」に回収されてしまうことが多いと感じていました。例えば、女性であれば、「母」や「妻」であるか否か、など。でもそういうラベルではなく、一人ひとりは言うまでもなく多様な存在なのだから、もっと個人の声が大切にされてもいい。さっきエマさんも言っていましたが、大人になっても、考えを深めたり、ときめきの感覚を持ち続けていたほうが、生きている心地がすると私も感じます。自分の輪郭を取り戻していったほうが、人生が豊かになるんじゃないかと思うんです。

 

エマ:確かに世の中では「女性の」とか言われがちですよね。

 

野村:なにごとも、カテゴリーでひとくくりにすることはできないはずだから、「女性だから」ではなくと「あなただから」と言いたいし、言われたい。「She is」というのは「彼女がいる」という思いを込めていて、複数形ではなく単数形にしたかったんですよね。「特集」にしても「ギフト」に関しても翠れんさんたちの「縷縷日記」のように、読んだ人が、自分に問いかけられている気がしたり、私もやりたいと思えたり、そういう始まりの衝動が生まれて、自分で何かを発見するきっかけになるようなものになったらいいなと思っています。

 

翠れん:自分が感じたものをそのままにせずに形に出来る行動力、凄いエネルギーです。会社に所属しながら「She is」を立ち上げたとお聞きしたのですが、あるシステムの中でやりたいことを実現できるかもしれない、そういう希望にもなりますよね。その輪がもっと広がっていったら素敵ですよね。

 

野村:そうですね。今日お二人とお話したこともそうですが、こういう思考や対話の積み重ねが何かに繋がったらいいなという思いがあります。

 

翠れん:当たり前の日々かもしれないけれど、その中にはグラデーションがありますよね。

 

ーーそれは女性だけでなく男も同じですよね。子どもの頃から家族や社会から、男ならこうしなさいと言われ続けて育っていますから。

 

翠れん:男なら泣いちゃいけないとか?

 

野村:性別問わず、世の中のシステムに違和感を感じているすべての人が、自分自身であることを肯定できるようになったらいいですよね。

 

ーーそうですね。3人に共通しているのは、自らの深いところにもぐることもそうですが、きちんと自分や身の回りのことに向き合っていることなのかなと思いました。個人的な内なる場所と、世界や社会といった外なる場所を軽やかに横断しているような感じがしました。女性でも男性でもなく、選び取る感性が大事だと思います。

 

翠れん:少し前に知人から聞いた話ですが、アメリカの大学では自己紹介するときに、自分がなんと呼ばれたいのか、sheなのかheなのか、あるいはそのどちらでもないのか、もうそこまでいっているんだと知り驚きました。でも今ほどオープンではない昔からそういうことを考えている人や言葉にしている人もいて、ちょっとずつそのことを繋いでいくように、ひとりひとりの自由の幅が広がっていったら素敵だなあと思います。

 

エマ:私は女性の一人称が「私」としてしか形容できないことに少し違和感を感じています。男性は「俺」「僕」「私」と選択肢が多い。英語では女性も男性も「I am」と表現します。私は幼いころから一人称が「エマ」なのですが、大人になるにつれ「子どもみたいだから辞めたほうがいいよ」と言われることがありました。正論だと思うのですが「私」だとツマラナイし、私自身が存在しないような気持ちになってしまうので、今でも心開ける人の前での一人称は「エマ」です。それと「亭主」とか「ウチの嫁」というのも、どちらかの所有物のような感じがして、私には気持ちが悪い。それも自分に結婚願望がないひとつの理由かなと(笑)

 

野村:私もそのことに気づき始めたばかりなのですが、でもそういうことに気づいたり、違和感を感じ始めている今という時代もすごくいいなあと思っています。そういう違和感について話し合える場を持つことが出来たり、話し合うことが大事ですよね。社会的にもようやくそうなり始めていて、みんなでそれはなぜなんだろうと考え始めることで、新しい扉を開いていければいいなあと思っています。

文と写真=加藤孝司

前田エマ/Emma Maeda

1992年神奈川県生まれ。東京造形大学を卒業。

オーストリア ウィーン芸術アカデミーに留学経験を持ち、在学中から、モデル、エッセイ、写真、ペインティング、朗読、ナレーションなど、その分野にとらわれない活動が注目を集める。芸術祭やファッションショーなどでモデルとして、朗読者として参加、また自身の個展を開くなど幅広く活動。現在は雑誌、WEBなどでエッセイの執筆、アート、服など様々なジャンルをテーマに連載を担当している。http://emmamaeda.com

野村 由芽/Yume Nomura

1986年生まれ。編集者。カルチャーメディア「CINRA.NET」においてクリエイターやアーティストの取材・編集、アジアのバイリンガルシティガイド「HereNow」の東京キュレーターなどを務め、2017年9月に自分らしく生きる女性を祝福するライフ&カルチャーコミュニティ『She is』を立ち上げ、編集長に就任。

https://www.cinra.net

https://sheishere.jp

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