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「Pendant 1957-2018」連続対話シリーズ vol.1

東野翠れん×岡野奈尾美(ラ・フルール デザイナー)×八木陽子(ファッションエディター)

立ち現れてくる時間のなかで

 

写真展および作品集刊行に合わせて、「Pendant 1957-2018」の連続対話シリーズをウェブで展開していきます。第一回目のゲストは、コンセプチュアルなコサージュコレクションを発表するラ・フルールのデザイナー岡野奈尾美さんと、東野翠れんが写真を手がけたラ・フルールの初の著書「ラ・フルールのコサージュ」(文化出版局)で編集を担当したファッションエディターの八木陽子さんとの鼎談をお送りします。ラ・フルールと東野とは、展示会案内のポスターなどで長年協働してきました。母そしてものづくりをするクリエイターとして、そして編集者の視点から、東野翠れんの写真を紐解きます。

〜祖父のアルバムからみつけた大切な時間〜

翠れん:今日はありがとうございます。いま写真展に向けて準備しているのですが、「Pendant 1957-2018」について少しお話させてください。今回の展示と作品集では子どもが生まれた2012年以降に撮影した写真から選んでいます。子どもが写っている写真というよりも一緒に過ごしている時間にフォーカスしています。

写真を撮りはじめたときから、光や日常を撮っていることに変わりはないのですが、写真をとおして感じることのなかった、「時間の連なり」を意識するようになりました。タイトルの「Pendant」は、フランス語で「〜の間」という意味で、「パンダン」と読むそうです。

タイトルにある1957とは、イスラエル人の母方の祖父の遺品の中にあった写真に関連しています。いままで祖父が撮った写真はたくさん見てきたのですが、亡くなった後に出てきた箱の中には,これまでみたことのない、家族の姿が映っていました。母が小さい頃の家族写真です。そこには「motherhood」という印象的な言葉があったのですが、それがいまの自分と重なり、祖父の写真も一緒に展示したいと思いました。

 

ーー八木さんとはラ・フルールの本の製作途中で出会った感じでしたよね?

 

八木:そうでしたね。翠れんさんのことはもちろん雑誌「リラックス」などでは存じ上げていました。翠れんさんが撮った写真ももちろん拝見していました。だから本をつくるときに岡野さんから、写真は翠れんさんでと伺ったときにもまったく違和感はありませんでした。

 

ーーラ・フルールとFORの展示会のポスターに翠れんさんの写真を使うようになったのはいつからですか?

 

岡野:2006年からです。その前にもlookbook用に翠れんの自撮りを使わせてもらったこともありました。

 

翠れん:そんなこともありましたね。

 

ーーそのきっかけを教えてください。

 

岡野:ブランドイメージに合うと思ったのと、FORのデザインをしている岡野(FOR flowers of romance デザイナーの岡野隆司氏)が翠れんの写真が好きだったからです。

 

ーー岡野さんと翠れんさんとの出合いを教えてください。

 

岡野:翠れんが19歳の頃だから、「ルミエール」(2005年・扶桑社)がでる前でしたよね。

 

翠れん:私が二十歳前の頃で、岡野さんの展示会にもよく行っていました。



 

〜人の見えない「心」から見えてくるもの〜

 

八木:岡野さんたちが翠れんさんの写真を使い続ける理由が気になります。岡野さんはその人の心をみて、そこでいいと思わないとよしとはしない人ですよね?

 

岡野:それはどういうこと???

 

八木:私自身の勝手な印象ですが、岡野さんは作品だけをみて、その人のことを判断することはありませんよね?

 

岡野:それはないですね。

 

八木:それで怖かったのが(笑)、私自身この本に編集として携わらせていただくにあたり、岡野さんに「ワークショップをするから」と呼ばれたことがありました。そこでコサージュをつくっていたら「あなたそういう人ね」と言われたことがあって。

 

岡野:そんなこと言いましたっけ?ごめんなさい。でも手を見ればその人がわかるんです。

 

八木:それでこの本をつくる試験には受かったと思いました(笑)

 

岡野:手はとても正直で嘘をつきません。その人の表も裏も真摯に映すものだからです。それがみえるのは自分の職業からくる「心眼」のようなもので、何も話さなくても、手を動かしているのを見るだけで、その人の感情とか、ものごとを考えるロジックが全部分かってしまうんです。私自身も自分自身がわからなくなったときには、自分の手に聞きます。

ーー翠れんさんについてはどのような印象を持っていましたか?

 

岡野:彼女に関してはずっとそばにいる人という印象です。結婚、そして出産から子育てまで、たまたま成長とともに一緒にすごしてきました。写真に関しては、彼女の中に浮遊され、撮った場所も時間もバラバラに、頭の中という箱にあるイメージです。時系列もなく、すべてが彼女の一部です。

 

八木:ラ・フルールの本には翠れんさんの写真はイメージカットとカバーで使わせていただきましたが、その撮影地が奈尾美さんの故郷の千葉の御宿の海なんですよね。

 

岡野:そうそう。翠れんが私の実家に行きたいといって、地元の人しか知らない浜辺にみんなで撮影に行きました。その途中に大昔に掘ったトンネルがあって、それをくぐった先に大潮の時だけ現れる砂浜があって。たまたま撮影に行ったときが大潮で見事な砂浜が現れていました。

その時撮った写真は、フィルムなのでその場で確認はできませんでしたが、後日現像から上がってきた写真をみて、私が子供の頃にみていた心象風景と同じでおどろきました。同時にそこには翠れんの「心持ち」が写っているようでした。私にとってその場所は、仕事をする上での原体験のような大切な場所だったから、その時初めて翠れんのことを写真家として認識したかも。

 

翠れん:奈尾美さんの時間をたどっているような、不思議な体験でした。

 

岡野:それがちょうど翠れんが子供を生んですこしした頃でした。自分もものをつくりながら子供を生んで育ててきたので、翠れんの写真も変わるだろうなと思っていたタイミングでした。それと翠れんの写真には色がないと思っていて、今回の作品集に含まれるかはわかりませんが、今年サンフランシスコに行って撮った写真には色があったんです。そこに翠れんの写真の変化を感じました。


 

〜写真における色と光について〜

 

八木:奈尾美さんはものごとをよく色で例えますよね。

 

岡野:翠れんにはいつも「色がある写真をもってきて」と頼むのですが、それまでは翠れんの写真には色がなかったんです。それは写真としていい悪いではなく、日常を淡々と写した写真だからだと私は考えています。だからラ・フルールの本の写真で、翠れんが撮った写真には意思があると感じるようになり、人の感覚が変わる瞬間を写真というかたちでみることができたのは面白い体験でした。

 

八木:私にとって翠れんさんの写真は「光」ですね。

 

ーー「光」にも色がないといえばないですよね。八木さんがおっしゃるように、翠れんさんの写真は「光」そのものなのかもしれませんね。

 

八木:岡野さんは翠れんさんとティーンエージャーの頃からお付き合いがあって、先ほど子供が生まれて変わったとおっしゃいましたが、最初からお子さんが生まれて変わると思いましたか?

 

岡野:翠れんには「子供が生まれたら人間として変わるから、それが女性としての面白みだから」と話していました。それが翠れんの写真に如実にあらわれてきたようには思いました。

 

翠れん:そうでしたね。私にはわからないのですが不思議ですね。私自身は子どもに対して、子どもという感覚はなくて、仲間という感覚が近いかもしれません。

 

岡野:それは女同士だからなのかな。ウチは息子だし、翠れんは先ほどのmotherhoodもそうだけど、お母さんとの関係にしても女性を中心にまわっているからかな?

〜母として、写真家として、立ちあらわれる時間軸について〜

 

八木:翠れんさんは出産後、お母さんに対する見方も変わりましたか?

 

翠れん:それは変わったかもしれません。子どもが生まれて、母も私をこう思っていたんだなとか、こういう視点でものごとを捉えていたんだなとか、いろいろと発見がありました。私自身も子どもと過ごしながら、自分の人生をもう一度たどっているような意識があります。

写真もそれに近いのかなと思っていて、写っている時間はバラバラだけど、写真があることでひとつに結んでくれます。あらためてみることで、時間をたどっているような意識があります。それは昨年祖父の遺品から、今回「Pendant 1957-2018」にも収める予定の写真を発見したときにも感じた思いです。

 

ーー写真で時間が繋がる、というお話は興味深いですね。

 

翠れん:本当にそうなんです。子供が生まれたことで私の中に初めて時間軸が生まれたように感じています。それまでは時間というものにほとんど興味がなくて、すべてが「いま」という「瞬間」という思いで過ごしてきました。

子供が生まれたことで時間が立ち上がってきて、自分が生まれる前の時間や、自分とは直接関係のない人たちの人生への意識も芽生えてきました。それは文章を書く時にはあって、「イスラエルに揺れる」という本を書いていたときに感じていた思いを、写真にも感じるようになりました。

 

岡野:FORの岡野もそうですが、散らかった状態がナチュラルで、整理する必要もなくて、それが一番心地がよい状態だという。

 

翠れん:そうかもしれません(笑)。

 

八木:翠れんさんは写真を撮るとき、どんな思いでシャッターを切っているんですか?

 

翠れん:なんか目をつむっちゃうみたいな、シャッターと一緒に目をつむってしまうような感覚があります。「光」に反応して撮っている部分があるので、現像が上がってみないとどんな風に写っているのかわからないところがあります。

 

八木:カメラはいつも持ち歩いているんですか?

 

翠れん:子どもが生まれてすぐは持っていないことが多かったです。泣いた時どうしていいか分からない、夜眠れない、この先どうなるんだろうという驚きばかりが大きくて3ヶ月くらいは外に出られませんでした。その間写真も撮っていたのですが家の中ばかりで、産後初めて外に出て写真を撮ったときには、当たり前な風景が特別で、その頃はなんか別の世界にいるような感覚でした。

 

八木:いろんなフォトグラファーの方とお仕事でお会いするのですが、いいフォトグラファーの方は運をもっています。そういう方は意外と少なくて、翠れんさんは運をもっている人だと思います。ラ・フルールの本の写真を撮っているときも、それまで曇りだったのに、海辺にでたら晴れたり、虹がでたり。日常を撮るフォトグラファーは今たくさんいるのですが、一緒にお仕事をしてミラクルを起こせない人はプロではないと思います。

 

岡野:こわい人がここにもいますね(笑)。

 

八木:それは、いざというときに押さえるところは押さえられる人と言いかえてもいいかもしれません。日常の写真は誰でも撮れるけど、奇跡をもってきちんとその瞬間を押さえる。それはまさしく運としかいえないもので、それはもっている人しかもっていないんです。

 

翠れん:運をもっているかどうかはわかりませんが、この写真を撮る時に、小さな旅がありましたね。私の中で八木さんは一緒に旅をすることができた大切な仲間という意識があります。そしてこうやってまたお話をすることができるというのが、ものすごく嬉しいんです。旅に行って帰ってくることができた、それって人生のなかで出会う人みんなとできるわけではないと思うので、それだけで私の中では特別なんです。

 

八木:嬉しいですね。作家さんは写真集があって、作品展があることによって頭の中が整理できていいですよね。

 

翠れん:そう思います。それがなければ、20年も30年もバラバラに、未整理のままそのままになっている気がします。

 

岡野:でも、それは子供が生まれてからあとの作品で、それ以前は散らかったままだね(笑)

 

翠れん:昨年開催させていただいた子どもが生まれる前の写真を中心にまとめた写真展のタイトルは「夢路」でした。子どもが生まれる前の写真はもう「夢」なんだと。だから子どもが生まれる前に撮っていた写真は全部、「Dreams」と書いた箱の中に入れているんです。

文と写真=加藤孝司

 

岡野奈尾美/Naomi Okano

la fleur 代表。文化服装学院服装科卒業後、フォーマルウエアメーカー、「アトリエ染花」を経て、1994年よりコサージュ作りの活動を開始、2003年よりブランド「la fleur(ラ・フルール)」を設立し、コレクションを発表する。2015年に著書『ラ・フルールのコサージュ』(文化出版局)を出版。

blog : for-lafleur.blogspot.com / instagram : @forflowersofromance_lafleur

 

 

八木陽子/Yoko Yagi

ファッションエディター&コーディネーター。東京生まれ、横浜育ち。文化服装学院を卒業後、フリーランスのライターを経て雑誌「装苑(文化出版局)」編集部に所属する。現在は再びフリーランスとして活動し、編集業だけでなくコンサルティング業にも携わる。手がけた書籍は「ラ・フルールのコサージュ」「ミナ・ペルホネンの時の重なり」(共に文化出版局)、「TOKYO STREET STYLE」(ABRAMS)「EBAGOS バッグ ヲ ツクル」(エバゴス)。

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